長尾大玄

創作への想い

創作への想いーステートメント

創作への想い

2024年 パンデミック

私は、歴史的事件や災害を直接描こうとしているのではない。
私が向き合いたいのは、出来事の後に残される「数」である。

例えば、2996、193、69。
これらの数字は、歴史的事件や、災害等で失われた命の数を示している。
しかし数字は出来事を記録する一方で、一人ひとりの存在を抽象化し、遠ざけてもいく。

ニュースでしか知る由もない失われた人々の命は、私たちには悲しいほど表層的である。
それゆえに、その数字に強く反応し、線を引くという反復行為によって、数えられた死を再び身体的な時間へと置き換えようと試みる。

私にとって線は、死者の肖像ではない。
また、その人生を代弁するものでもない。

むしろ線は、私自身が直接知ることのできない出来事との距離、また傍観を示す痕跡である。
私の作品は、追悼であると同時に、追悼の不可能性についての作品でもある。

私たちは数字を通してしか多くの死を知ることができない。
その限界を引き受けながら、数字を見つめ続けること。そこに制作の核心がある。

数字の向こう側にある、一つひとつの命と記憶を見つめ続ける

数字の向こう側にある、一つひとつの命と記憶を見つめ続ける

2024年 神風特攻隊

パンデミック、神風特攻隊、9-11、パリ同時多発テロなど人類が経験してきた歴史的出来事を題材に、犠牲者数や出来事の記録を一本一本の線で描き続けている。

それは事件や災害を再現するためではなく、数字としてしか認識されなくなった命の存在を再び私たちの身体感覚へと引き寄せるための制作です。

作品を通して問い続けているのは「数字は本当に記憶を伝えられるのか」ということです。

一本の線を描くという静かな反復は、失われた命への追悼であると同時に、私たち自身が歴史とどのように向き合うべきかを問いかける行為でもある。

数字を「線」として描き続けること。それが私の創作の核であり、未来への記憶をつなぎ風化を防ぐための表現である。

また作品は和紙と墨で描かれている。ボンド、絵具など一切の添加物を使わず作品の生命力を大切に描き、将来、5年10年100年とつなぐことが大切と想う。